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考えてもわからない
めずらしく落ち込み考えた内容なので、
お嫌な方はつづきを読まないで下さい。
友人のサイトで、
先日、アメリカで臓器移植をするため入院許可がおりた
日本人の赤ちゃんがいること、
ほか、アメリカで6臓器移植の上帰国、現在も大変な治療が続くだろうが、
頑張っている日本人の赤ちゃんがいることを知った。

(※この友人にはその事を教えてくれたことに感謝している。)

彼らは、小腸に関する病気で共に、肝臓も移植しなければならない。
移植が必要となった原因の発症も、生後わかった病。

これが、もし胎児の時に判った病で、移植したのが腎臓と肺だったら・・・
今も私はもっとズドンと気持ちがもっと落ちていたかもしれない。

でも日本人の赤ちゃんがアメリカで移植治療を受け、
今も頑張って生きていることを知った時、
その晩は勝手に涙が溢れて眠れなくなった・・・

夫にはよく
”「もし」はないんだから考えるのはやめなさい”
”夜、考え事すると、なぜだかいい案は浮かばない。
考え事をするなら太陽のもとにしなさい。”
と言われている。

でも、その晩は考えるのをやめようと思ってもできなかった。
やっぱり創真を助けたかった。

夫は、創真の生まれる前日に前駆陣痛?と思って病院へ行った際にも
”助かる方法は万でも一つありませんか?”と主治医に聞いた。
夫は生まれるまで、生まれても奇蹟をあきらめなかった。

実母も創真を抱いて
”この子は自分で奇蹟を起こして治るはずなんだよ。
あれぇ。おかしいね。寝てるんだよ。ほれっ。”と
天使となった創真をあやしていた。

みんな創真の生きる力、治る奇蹟を祈り、信じていた。

創真を生むまで、生んだ後、
自分は自分の出来るベストをしたと思い込んでいた。
後悔しないようにしたいこと、してあげたいことは全てしたつもりだ。

だから生まれた時、命が消えそうな時、消えた時、涙は一切出なかった
会えた嬉しさが強かった。
母の涙顔を見て天にのぼってほしくはなかったのと
お腹の中でも生まれる過程でも頑張った創真が
誇らしくて満足感が強かった。

おかしな母だと思っただろうか?
僕はこんなに苦しいのにどうして笑顔なの?
と思っただろうか?・・・わからない。
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今でも覚えている。
生まれ産声を上げ夫と私に抱かれ、段々と産声が小さくなっていった。
(後でわかったことだけど)膨らんでいない肺と気胸をおこした肺で
一生懸命呼吸をしていた。心臓もトクトク動いていた。

一生懸命呼吸している中、小児科の先生が創真の呼吸が
少しでも楽になるようにと羊水をとるため
鼻からカニューレを入れ吸引した。

その時、”いやっ”って顔をして顔をしかめた。
確かに意思表示をして、私達に伝えていた。

その時以外はただ眠っているようにおだやかだった顔も忘れられない。
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| 産後2ヶ月 | comments(1) | -
コメント
★知美ママさんへ
知美ママさん、どうか今回の記事のこと自責の念は負わないで下さい。
そういう赤ちゃんがいたんだ。頑張ってほしいなと思ったのが率直な感想でした。
後からどうしても比べてしまった私がいけないのです。
だからね、一緒にいろなこと乗り越えていきましょうね。
Posted by:なちゅら at 2005年12月05日(月) 17:03

なちゅらさん、こんばんは。
やっぱり私…あの記事を載せた事で、なちゅらさんを泣かせてしまいましたね…。御免なさい。
創真君が生まれた時の記事も読みました。創真君も、一生懸命頑張ったんだね。偉いね。頑張り屋さんなところは、ママに似ているね…。
読んでいて、涙が止まりません…。なちゅらさんの心の深い悲しみ、苦しみに寄り添えなくて御免なさい…。
Posted by:知美ママ at 2005年12月04日(日) 22:36
| コメント転記 | 2006/04/04 7:19 PM |
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