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考えてもわからない
めずらしく落ち込んでいる内容です。お嫌な方は読まないで下さいね。
もし・・・は考えてもしょうがないんだけど、

もし私がもっと英語やドイツ語ができて、もっと医療文献が読めて、
募金を募って妊娠中にアメリカに渡り胎児診療を受け出産したら、
創真も移植を受けられただろうか?今も生きていただろうか?
創真は過酷な治療も望んだだろうか?・・・・わからない。

どこかでポッター症候群で腎移植をうけたが、
存命できなかったという文も見た覚えがある。
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赤ちゃんの病気、ポッター症候群がなくなればいいと思う。私も同じ。
医療が進んでそういう病気が治せたらいいのに、という文章も何度も見た。
そうもたくさん言われた。

現代医療が大きな一歩を進むためには、治験が必要。

私は息子の解剖も積極的治療も拒んだ。
苦しい痛い思いをお腹の中で精一杯頑張り
乗り越えた息子にもうさせたくなかった。
・・・勇気がない親だ。

同じように病気でお子さんを天に送った天使ママの友達でも
今後、この病気が治る方法がわかるならと解剖を了承した親御さんもいる。
私はこの親御さんに敬意を表したい。

私は赤ちゃんの病気が治る方法に息子を寄与させる勇気がなかったから。
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「助かる方法があります」と言われれば私も息子の積極的治療を
息子の苦しい思いも覚悟でお願いしていたかもしれない。

「先生だったらどう判断しますか?」

何度も何度も命の選択をせまられた時、そう口にした。
でも、一切「こうしたら助かるかもしれません」という言葉はなかった。
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やっぱり、考えても考えてもわからないや・・・・。

息子よ・・・
ママのお腹は気持ちよかったですか?楽しかったですか?
パパ・ママ・先生・ばぁば・じぃじ・みんなに会えて嬉しかった?
だっこしてもらって嬉しかった?嬉しかったよね?

やっぱり、もし・・・はないこと、考えても悲しくなるだけだ。

ママはやっぱり太陽でいないとね。
家庭を照らすのはママの明るさなんだって。

パパはただでさえ心配性だから、もう落ち込むのはやめるよ。

今度のクリスマスはママのお友達のお誘いで教会の
パイプオルガンの演奏を聞きに行くよ。
創真も寒くないようにしていらしてねって。
一緒に行こうね。一緒に港の大きなツリーも見ようね。
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| 産後2ヶ月 | comments(1) | -
コメント
★さくらさんへ
今日私も友人にとても私には意味のとても深いメールをもらいました。
「親の立場で考えると迷うけれども、子供の立場で、
自分がもし病気で、父と母が一生懸命考えていろいろ決めてくれたら、
どのような方法であれとても有難く、嬉しく思うかな。」って。
自分の立場を創真におきかえたらそう思うな。と思いました。
だから、もう迷いません。
考えすぎてしまう1日も大切ですね☆
おかげでみなさんに大きなプレゼントをいただいた感じがします。
Posted by:なちゅら(RE:さくらさん) at 2005年12月05日(月) 17:48

★ふうかママさんへ
今考えると涙が出るのに、生まれた時は会えた嬉しさで一杯だった。ほんと不思議ですね。
出産した晩、助産師さんが言ってました。
”かわいいくて眠れないでしょ。疲れているはずなのに。みんな母は同じなのよ。
母の幸せホルモンが出て眠れないの。きっと赤ちゃんからのプレゼントだね。”って。
赤ちゃんからのプレゼント、私達ちゃんともらっていたんですよね。
今更思い出しちゃいました。

もし・・・は、ほんとわからないから私は考えるのやめます。ぐるぐるまわって結局わからないや。
それよりふうかちゃんのこと、創真のこと、頑張ったことをみとめてあげたいと思います。
Posted by:なちゅら(RE:ふうかママさん) at 2005年12月05日(月) 17:38

★坊ちゃんママさんへ
>パパ・ママ・みんなで出した答えは、
>創真くんも一緒に考え、導いてくれた答えなのではないかなと思います。
・・・救われました。なんだかとてもほっとしました。ありがとう。
手の癒しのすごい力、よく知ってるくせにね、どこかボケていたかもしれません。 
坊ちゃんママさんの優しいお言葉に救われましたありがとう。今は創真の傍らで満面笑顔です☆
Posted by:なちゅら(RE:坊ちゃんママさん) at 2005年12月05日(月) 17:22

★りんご娘さんへ
>生きることって、時にすごく苦しいから
>だから、生きることは権利ではなく義務
・・・か。そうですね。生きぬいて奥深いところがわかるんでしょうね。
今ある私をみとめて生きていきます。

Posted by:なちゅら(RE:りんご娘さん) at 2005年12月05日(月) 17:14

★けんさんへ
いつもあたたかいコメントをありがとうございます。
「もしも」も「あの時」のどちらの自分も認めて、やっぱり考え事は太陽のもとにします^^
また、いつかけんさんに花丸もらいたいなぁ〜。
Posted by:なちゅら(RE:けんさん) at 2005年12月05日(月) 17:08

私の息子は重度の心臓病で、検査(造影剤を使ってのCTなど)を受けることも難しいと言われました。手術の手前の手前です。手術が出来たとしても最低3度はしなければならないし、成功例のないような高い壁が待っているという説明でした。
でも絶対ムリといわれたわけではなく、どうしますか?と問われました。
私達夫婦は息子との穏やかな時間を選択しました。
その事を一生これで良かったのか?と自問自答するでしょう。
私は弱虫だけど、息子は強く、病気と闘いたいと願っていたかもしれない・・・
やっぱり夜はどうしようもない考えがぐるぐるまわってしまいます。
でも、助産師さんがおっしゃった
「どんな選択をしても、その時精一杯考えてだした答えが正解だ」という言葉に支えられ今を生きています。
考えすぎてしまう1日も大切に過ごしていきましょうね。

Posted by:さくら at 2005年12月05日(月) 12:33

私の場合は臍の緒がものすごい勢いで一方方向に捻じれていました。
病院の検診では問題なかったんですが、エコーはしばらく見ていませんでした。

もし、違う病院で見てもらってたら。
もし、私がふうかの体重が気になるのでエコー見てくださいと言っていたら。
もし、もっと早く胎動がないのに気がついていたら。
そんな思いでいっぱいです。

そうなってしまった理由もわからず、臍帯過捻転でも生きて産まれる子もいると聞き、どうすれば良かったのか、途方に暮れました・・・。
でも、やっぱり、創真くんもふうかもみんなに会えて嬉しかったということに間違いはないと思います。

私も産まれてくれて嬉しくて、こんなにかわいい娘に会えたと、涙よりも嬉しさでいっぱいでした。
あの時のことを今思い出すと泣いてしまうのに、不思議ですね。
Posted by:ふうかママ at 2005年12月05日(月) 12:03

『もし』『なぜ』・・・、考えても答えは見えず、苦しくなるばかりですよね。
でも、パパ・ママ・みんなで出した答えは、
創真くんも一緒に考え、導いてくれた答えなのではないかなと思います。

それから、私は今回の出産でたくさんの手に助けられました。
「心臓が動いていません」と言われたとき、握ってくれた主治医の手。
処置や分娩中に握ってくれた助産師さんの手。
陣痛中、体をさすってくれた2人の母の手。
どんなときも側で支えてくれた夫の手。
その手がなかったら、あまりに悲しく不安な現実を前に、
自分がどうなってしまったか、わかりません・・・

今回のことで、人の手にはすごい力があるんだな〜って思いました。
だから、創真くんは、最期までパパとママの手の中で、
安心して、お空に旅立てたのではないかなと思います。

1日の終わりは、創真くんもパパも大好きな“ナチュラママのとびきりの笑顔”を☆
Posted by:坊ちゃんママ at 2005年12月05日(月) 00:13

生きることって、時にすごく苦しいから
だから、生きることは権利ではなく義務だと思っています。

もし、の答えは、何年、何十年先の感情の中に
ふっと浮かび上がってくるものかもしれませんね。

『生きぬくべし』それが私の生きる意味です。

今日福岡は初雪です。
空はつながっていますね。
皆がゆっくり眠れますように・・・

Posted by:りんご娘 at 2005年12月04日(日) 23:27

『もしも』は、誰でも考えてしまうよ。私のは、小さい頃死んだ父が生きていたら…。私の人生違っていたかも知れません。
でも、後悔になってしまうと、自分の今を否定してしまう気がして。今は、明日につながるからね。
『もしも』を考えるのも自分。あの時決めたのも自分。
簡単には、割り切れないんだけどね。だから、太陽の下での旦那さんの意見に一票。
Posted by:けん at 2005年12月04日(日) 21:25
| コメント転記 | 2006/04/04 7:20 PM |
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